2011年12月30日

2012年のカレンダー。被災か復興か


今日は朝から大掃除に備えて資料の整理をしていた。実はまだ終わっていないのだけど、出かける時間が迫っていたので、ひとまず手をとめて最近届いた郵便物でまだ開けてなかったものだけに目を通しているとカレンダーが入っているものがいくつかあった。

ちょうどいいので、すでに飾る用意をしていたほかのカレンダーとあわせて、どのカレンダーをどこに飾るか思案した。いつもセンスのいいサントリーのカレンダーや鉄オタ心をくすぐるJR東日本のカレンダーなどの企業のものや、いくつかクリエイターの方からいただいたカレンダーも出てきた。とりわけグエルの川口さんが撮影されたガウディの建築を撮ったカレンダーが素敵だ。後は自分で購入しておいたアンセル・アダムスのカレンダーや「よつばと!」のカレンダーもある。昨日、モリサワの方におねだりしたカレンダーの場所も考えないと。

僕はカレンダーが好きだ。たぶん、毎月絵柄が変わるところが好きなんだと思う。でなければ、お気に入りのアーティストの作品を飾ればいいわけだし。カレンダーが毎月新しい絵柄を楽しみする人も多いだろうけど、僕は先に一通り見てからでないと飾る気になれない。最初よくても後半でがっかり、とならないとも限らないし。そんな事をつらつら考えながら作業を続けていると、ギャラリーbtfからのカレンダーが郵便物の中から出てきた。




カレンダーを開いて、僕は絶句した。先月までbtfで開催されていた写真家・半田也寸志さんによる『写真3・11 東日本大震災』の写真展で展示されていた作品を収めたものだった。荒地となってしまった街、横転した電車、半壊して廃墟となったビル、陸に乗り上げてしまった漁船……。これらの写真はギャラリーでも見たものだし、これに限らず友人のカメラマンが撮影した壮絶な現場を収めた写真なども見ている。それ以上に仙台に実家を持つ僕にとっては、被災地の惨状はメディアよりもリアルに伝わっているので、余計にこの写真展は堪えた。その写真をなんの予告もなく、出し抜けに魅せられて、呆然としてしまった。

同時に、ひとつの疑問が沸き起こってきた。たしかに半田さんの写真は被災地のリアルを伝えているし、クオリティも高く後世に残すべき写真だと思う。ひとりでも多くの世界の人々に見ていただき、その惨状を知ってもらうべきとも思う。しかし、この写真をカレンダーにする必要があるのだろうか? たしかに被災地を忘れないでいるために、被災地への想いを日常に埋もれさせないために、日々目にするカレンダーに被災地をテーマとするのはいいのかもしれない。

そこで他に被災地をテーマにしたカレンダーにはどんなものがあるのか調べてみた。

実に多くの取り組みがあった。傾向ごとに分けてみると、まずはカレンダーの不足が予測される事から被災地にカレンダーを送るプロジェクトがいくつか見受けられた。kizuna311による全国から集められた122の言葉を収めた『前を向くカレンダー』は購入するともう1冊が被災地に送られるというものだった。被災地の企業が中心になって制作したカレンダーも多い。仙台のデザイナー集団による震災復興支援プロジェクトTOMODACHI DESIGNが制作した『環こよみ』は復興への願いを書にしたもので、気仙沼市の小宮山印刷工業が印刷・加工に協力している。また、岩手の川口印刷が制作した『甦れ三陸 ふたたび会いたい、あの海、あの空』はカメラマン・藤枝宏氏が撮り続けている震災前の1年の美しい三陸の姿を収めている。btf同様に写真展の作品をカレンダーにしたものもあった。復興支援メディア隊によって羽田空港で開催されていた「未来への教科書」写真展の作品を収めた『「未来への教科書」復興カレンダー』だ。被災地の惨状の中で復興に取り組む人々を撮ったもので、印刷を石巻市の松弘堂印刷が行なっている。

いずれのカレンダーにも共通しているのが、いずれも復興につながる内容であったり、経済復興につながるような制作体制になるなど、「被災」ではなく「復興」がテーマになっているということだ。

半田さんの写真は素晴らしいものだし、折に触れ、目にしなければならないものだとは思うが、復興に向け、いまは前を向いて進まなければならない日本にとって、日々目にする必要があるのは被災の姿ではなく、復興に向けた希望なのではないかと思う。残念だけれども、僕はbtfのカレンダーは写真集や図録の棚にしまって、また見るべき時が来たら開いてみたいと思う。

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