2016年10月26日

『この世界の片隅に』で幸せであることの意味を噛みしめる



東京国際映画祭第1日目は、レッドカーペット取材もそこそこに待ち望んでいた、片渕須直監督、こうの史代原作による「この世界の片隅に」を見てきた。


広島の海苔を養殖する家に生まれ、毎日を家族に囲まれて、好きな絵を描いて、ボーっと少女時代を過ごしてきた浦野すず(のん)。18の歳にどこかで見初めてくれた、顔も知らない人・北条周作(細谷佳正)のところに嫁に行く。嫁ぎ先は戦艦「大和」の母港・呉。足の不自由な義母にかわって、すずなりに家事をこなすが、出戻ってきた義姉・黒村径子(尾身美詞)に使えないと言われる。それでも、径子の娘・晴美(稲葉菜月)と仲良くなり、優しく接してくれる新しい家族の中で徐々に自分の居場所となっていく。しかし、次第に戦況は悪化し、道に迷い遊郭で遊女の白木リン(岩井七世)と出会ったり、重巡洋艦「青葉」の水兵となっていた幼馴染の水原哲(小野大輔)との別れがあり、空襲に怯える毎日がやってくる。それでも、毎日の暮らしは続く


片渕須直監督は「マイマイ新子と千年の魔法」で第14回文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞。「魔女の宅急便」では当初は監督として関わり宮崎監督復帰後は演出補として活躍するなど、知る人ぞ知る名演出家。原作のこうの史代は「夕凪の街 桜の国」(双葉社)で第8回文化庁メディア芸術祭でマンガ部門大賞を、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。田中麗奈主演で実写映画化された。まさに最強のタッグ。


“すずさん”の世界に息を吹き込んだのは、すずさんを演じる女優・のん(旧名:能年玲奈)。やさしく、やわらかで、ほんわかとした彼女の声以外に考えられないほどの適役ぶりだ。主題歌はフォーク・クルセイダーズの名曲「悲しくてやりきれない」をコトリンゴがやさしく歌い上げ、映画を忘れられないものにしている。


「この世界の片隅」は1112日(土)より全国で公開。


ここからネタバレありです。


戦時中も僕らと同じような暮らしがあった、という当たり前のことに気づかされる。笑いがあり、ケンカもあり、もちろん愛もあった。当たり前の人としての暮らしがあった。


嫁いでも日々をボーッと過ごしてきたすずだったが。


絵を描くのが大好きだった右手とともに、いつもすずちゃんと慕ってくれた姪の晴美を目の前で奪われ、いつも厳しかった兄と淡い恋心のあった幼馴染みの哲を戦争に奪われ、広島の母と父も原爆に奪われ、仲良しの妹は原爆病に侵された。ボーッとしていたすずが終戦の日に「何も知らないボーッとしたまま死にたかった」と怒りとともに叫び泣く。


それでも妹を見舞った広島で戦災孤児となった少女を連れて帰り、シラミだらけのその子を新しい家族として迎える。そこには新しい家族として、これからもいつもの暮らしを続けようとする笑いがあった。それでも生きて行くのだという、人として当たり前の笑いがあった。


途中、顔がクシャクシャになっただろうほど、号泣しながら見ていたが、終わった時にはなにかすっきりした感情に包まれ、明日も頑張ろう、という気持ちになれた。どんな時代も人としての日々を暮らしていかなければならないという当たり前のことに強く心を打たれた。


そんな気持ちで劇場を出てきたのだが、街を歩いていると、楽しげになにかしゃべりあっている家族や、大笑いをしながら腕を組んでいる二人連れを見たら、もうなにかわけもわからない感情が込み上げてきて、気づいたら滂沱の涙を流していた。


日々、辛いこと、悔しいこと、怒りたいこと、何もかも投げ出したくなること、たくさんの嫌なことがあるけど、僕たちはなんて幸せなんだろう。60年前の僕たちの祖父や祖母、父や母。そして世界のどこかで、戦禍に見舞われてそれでも日々の暮らしを送っている人たちは数かぎりないほどいる。


いまも「この世界の片隅に」同じような苦しみにあっている人たちがいる。僕たちはそのことを忘れてはいけない。悲しみを背負った過去を持つ国だからこそ忘れちゃいけない。


全編を通じて、笑ったり、泣いたり、憤ったり、飽きのこない構成、ストーリー。キャラクターも素晴らしい、声優もぴったりハマっている。アニメはちょっとという人にも自信を持って勧めたい、今年大ヒットしている邦画やアニメよりも、見る価値のある素晴らしい作品です。


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