2013年11月19日

天心、大観、観山。映画『天心』で知る、巨匠たちの壮絶な日々

現在、横浜美術館では『横山大観展 良き師、良き友』を開催中です。すでに内覧会で一度拝見しておりますが(Facebookにフォトレポを掲載しています)、後期展示に入って、結構な点数の展示替えもあったようで、会期終了となる今週末の11月24日までにはもう一度訪れたいところです。

と思っていたら、はやくも次回展『下村観山展』の案内が届きました。しかし、大観に続いて観山とは、横浜美術館、なんとも贅沢なプログラムが続きますね。今年は国立近代美術館での「竹内栖鳳展」とか、山種美術館での「速水御舟展」もよかったし、いつもはメディアアートとか現代美術一辺倒の僕にしては、なんとも日本画な年になってます。要するに、年月が経とうが、表現手法が変ろうが、良いものは良い、ということなんでしょうね。


「生誕140年記念下村観山展」は12月7日より横浜美術館で開催




ところで、この日本画の巨匠、横山大観、下村観山の師であり、日本近代日本美術の父、岡倉天心を描いた映画『天心』が先週16日よりシネマート新宿ほかで公開されています。




明治初期、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、寺が焼かれ、仏像が破壊され、日本の美が危機的状況に瀕していました。そうした中、フェノロサとともに伝統ある日本美術の保護に奔走したのが、若き日の岡倉天心でした。映画はこの時の天心を描くとことからはじまります。

その後、日本美術学校(現在の東京藝術大学)の校長に就任した天心は、若き才能の育成に努めますが、みずからの不倫疑惑と学内での対立に巻き込まれ、辞任に追い込まれます(いわゆる美術学校騒動)。天心を慕う弟子たちはともに新しい日本画の創造を目指し、日本美術院を設立するも、国内での評判は芳しくなく、経営難に陥ります。彼らが新天地を求め、たどり着いたのが茨城県五浦海岸でした。天心はここを「東洋のバルビゾン」として六角堂を建立し、横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山らは家族とともに五浦に移り住み、壮絶な創作の日々を送る事になります。





ここからは若干、ネタバレありです。

日本美術学校からの追放、日本美術院の失敗、五浦海岸への移住など、概ね史実に基づく事は歴史の授業なんかにも出てくるので、知っていたものの、いやはやこれほどの事だったとは映画を見てはじめて知りました。本当に壮絶。もっとも印象に残ったのが、若くして逝った菱田春草の壮絶な人生。観山や武山は人気が出て、暮らしに余裕がでるものの、春草は家族は食べさせる米もなく、隣村まで歩いて行って、食料を得ていた事も。


そして、そんな時にも天心は国際的に活躍しており、天心がこんなに破天荒で奔放な人物とは思っても見ませんでした(多分に演ずる竹中直人さんの演技もあるかもしれませんが)。協力関係にあった九鬼隆一男爵の夫人・波津子との不倫についてはどういった経緯のものだったかはわかりませんが、明治の世ではなまなかなことではなかったでしょう。さすが激動の明治を生きた男ですね。



その後、春草も画家として成功の道を歩み始めるところまで描かれますが、それから間もなく春草は38歳の若さでこの世を去ります。映画は天心を主人公としているものの、実は実質的な主人公は春草ではなかったかと思いました。


映画としては必ずしも百点満点とは言えませんが、岡倉天心とその弟子たちがどんな思いで、どれほどの苦労をして、日本の近代美術を切り開いていったか、肌で感じる事ができる貴重な作品ではないかと思います。映画『天心』は横浜・伊勢佐木町の横浜ニューテアトルでも上映していますので、「横山大観展」と合わせて、この週末にいかがでしょう?

映画『天心』オフィシャルサイト


        
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